財務諸表

貸借対照表の発祥はどこ?いつ頃から作られるようになったの?

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財務三票として公表されている貸借対照表、損益計算書、そしてキャッシュフロー計算書

 

これらは企業の財務情報を知るために、今やあって当然の諸表です。

 

あって当然の諸表ですが、一体いつごろから作られるようになったのでしょうか。

なぜ財務三票の並びは貸借対照表⇒損益計算書⇒キャッシュフロー計算書の順が多いのでしょうか。

 

今回は、貸借対照表の生い立ちについて、ご紹介していきたいと思います。

 

貸借対照表とは

 

貸借対照表は、企業のある一定時点における資産、負債、純資産の状態を表すために複式簿記と呼ばれる手法により損益計算書などと同時に作成され、その企業の株主、債権者その他利害関係者に経営状態に関する情報を提供する。また、株式会社では官報、新聞、あるいはインターネット上での決算公告が義務付けられており、損益計算書とともに公告される。一般的に、開業時、決算時、清算時に作成されるほか、月次で作成されることもある。決算前に、中間貸借対照表を作成する場合もある。また、会社更生や破産等の手続きにおいて時価基準で作成する非常貸借対照表もある。

 

バランスシート(balance sheet)という英語は、Bilanz(独)、bilan(仏)、bilancio(伊)などヨーロッパ各国語と同様に、ラテン語で天秤を意味する libra bilanx を語源としている。これは、貸借対照表が左右に分かれていて、左側の「借方(debit)」と右側の「貸方(credit)」が釣り合っているからである。

現行の貸借対照表は、借方と貸方が完全に一致する仕組みとなっています。

そのため、バランスシートとも呼ばれ、下記の図のようにバランスを保った諸表となっています。

借方には「資産の部」があり、企業のある時点における資産の額が表示される。一方、貸方は、「負債の部」と「純資産の部」に分かれている。それぞれ、企業のある時点での負債の額と純資産の額とが記載される。また、純資産の部は、株主が最初に投入した資本金及び資本剰余金と、企業活動によりもたらされた利益の蓄積額から配当などで社外に流出した金額を差し引いた利益剰余金などが記載されている。

下記は、任天堂の貸借対照表です。

1枚目は、借方にある資産の部の一覧です。

 

2枚目は、貸方にある負債の部と純資産の部が合計された一覧です。

 

 

資産の部、負債の部は一般的に、流動性の高いものから低いものへと記載される。これを流動性配列法という。ただし、電力会社等、有形固定資産の額が多い場合など、特別の会計規則が設けられている会社については、固定性配列法が適用される。

任天堂の様な一般的な企業については、流動性配列法ですが、電力会社などの電力施設等の固定資産が多い場合は、固定資産から表示する固定制配列法が用いられています。

 

株式会社は、定時株主総会の終結後遅滞なく、貸借対照表を公告しなければならない(会社法440条)。

会社法の規定によって、現在は株式会社は貸借対照表を作成して公表する事が義務付けられています。

反対に言うと、作成して公表しなければ法律違反という事となります。

 

現行の決算公告においては、 資産-負債=純資産 という関係にある。

 

 

貸借対照表の発祥はいつどこで

現行の貸借対照表については、上記でご紹介したとおりですが、そもそも発祥はいつどこなのでしょうか。

 

貸借対照表の発祥地は、イタリア!?

12~14世紀ごろのイタリアは、地中海をルートとして中国などの東方から香辛料やお茶などの商品を西ヨーロッパへ仲介することを仕事とする、東方貿易が盛んでした。

貿易を行うにあたって、自己資金で船を調達し、商品を仕入れこれを西ヨーロッパへ運びお金を得る。その上で、資金繰りはものすごく重要です。

 

当時会社なんて存在していなかったため、当初は家族単位で商売が行われていたようです。

 

ひと家族が商売をするために船を調達するのは自己資金だけでは困難で、お金を今で言う銀行から借りる必要もありました。

 

お金を借りるに当たり、ちゃんと返済をするために家族単位に、船の調達から商品の売買までを帳簿に記録する必要がでてきます。

 

そこで誕生したのが、現代でいう貸借対照表です。

 

貿易の資金調達から取引きを完了させるまでが一つの取引

現代では、会社は1回の取引で終わることはなく継続して経営を行っています。

 

しかし、当時のイタリア商人の場合は資金調達を行い商品を売買して終わりでした。

必要となればまた資金調達から行い・・・という1回の取引の繰り返しです。

 

そのため、貸借対照表ひとつあれば記録上は十分でした。

もうけが記録されて取引は完全終了。

 

現代でいう、損益計算書は2つ目3つ目以降の取引継続を前提としているため、ここでは不要ということです。

 

貸借対照表が財務三票の中で一番初めに誕生した

貸借対照表は上記で紹介したように、12~14世紀ごろにイタリア商人が東方の品を西ヨーロッパへ流通させるための仲介を商売とするための記録として誕生したのが最初だといわれています。

 

これ以降、時代の進化によって損益計算書やキャッシュフロー計算書が生まれてきます。

 

歴史的に、貸借対照表が最も古株ということです。

 

貸借対照表発祥についてまとめ

貸借対照表の作りについては、様々な書籍にも書いてありますが、発祥についてはなかなか知る機会は少ないかもしれません。

 

たまたま私自身、発症について知る機会があったため簡単に記事としてご紹介しました。

イタリア商人がそのきっかけで、これが今世界中の会社で作成されていると思うと、会計の歴史って深いんだな~としみじみ感じています。

 

まだまだ当時の詳しい事情について面白そうなので、今後も調べていきたいと思います!

 

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